追悼の森
伴 淳三郎さん死去

俳優 伴 淳三郎 さん死去

1981年(昭和56年)10月26日 死去 享年73歳

伴淳三郎写真 

俳優 伴 淳三郎 さん死去

コメディアンで俳優の 伴 淳三郎(ばん じゅんざぶろう)さんが1981年(昭和56年)10月26日、食道静脈瘤破裂のため死去した。73歳だった。

1950年代に一世を風靡した流行語「アジャパー」「いっぺえやっか」などで人気を博し、森繁久弥、フランキー堺と共演の『駅前シリーズ』が大ヒットした。

病床では、かつての妻の清川虹子が看病し、喪主も清川が務めた。

人物 / 略歴

伴 淳三郎(ばん じゅんざぶろう、1908年1月10日 ~ 1981年10月26日)

山形県米沢市に生まれる。

本名:鈴木 寛定(すずき ひろさだ)。

◆ 略 歴

山形市立第一尋常小学校卒業。

1927年、日活大将軍撮影所に大部屋俳優として入る。

1951年頃から当時同棲中の清川虹子の仲介により新東宝の斎藤寅次郎監督の一家に入って、本格的に映画に出演。

高田浩吉主演の『吃七捕物帖・一番手柄』に出演した折、「アジャジャーにしてパーでございます」が大うけし、それを短くした「アジャパー」が大流行する。

1964年、水上勉原作の『飢餓海峡』の老刑事の演技で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞する。

特記事項

浅草サンバカーニバルを発案したり、募金運動のあゆみの箱の提唱者でもある。

◆ 伴淳三郎 / 著書

◆ 伴淳放浪記(しなの出版)

◆ 伴淳放浪記―伝記・伴淳三郎(大空社)

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