追悼の森
戸川 昌子さん死去

シャンソン歌手、作家
戸川 昌子 さん死去

2016年(平成28年)4月26日 死去 享年83歳

戸川昌子写真 

シャンソン歌手、作家
戸川 昌子 さん死去

推理作家でシャンソン歌手としても活躍した 戸川 昌子(とがわ まさこ)さんが 2016年(平成28年)4月26日午前5時47分、胃がんのため静岡県内の病院で死去した。83歳だった。

1957年(昭和32年)、東京・銀座にあったシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」で歌手デビュー。

後に、東京・渋谷に開いたシャンソンバー「青い部屋」は、三島由紀夫、川端康成ら多くの文人に愛された。

歌手の傍ら、ミステリー小説を執筆、1962年には「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞。

その後も直木賞候補となった「猟人日記」をはじめ、数多くの作品を発表した。

また、テレビドラマへの出演をはじめ、タレント・コメンテーターなど多岐に渡り活躍した。

人物 / 略歴

戸川 昌子(とがわ まさこ、1933年(昭和8年)3月23日 ~ 2016年4月26日)

東京都に生まれる。

◆ 略 歴

東京都立千歳丘高等学校中退。

戦争で父と兄を亡くし、戦後は母と二人で同潤会「大塚女子アパート」に入居。

伊藤忠商事の英文タイピストの職を経て、1957年頃からは銀巴里に出演するようになり、シャンソン歌手となる。

1962年、ミステリー『大いなる幻影』で第8回江戸川乱歩賞を受賞。

翌1963年には『猟人日記』を発表、直木賞候補となる。

以後は流行作家として100タイトル近い作品を発表。

1964年に『猟人日記』が日活で映画化された際には、戸川も女優として出演。

以降、テレビドラマへの出演をはじめ、タレント・コメンテーターなど多岐に渡り活動する。

1979年、46歳の時に高齢出産を経験、大きな話題となる。

2013年には長男でありシャンソンアーティストのNEROとの初の共同名義アルバム『商売やめた』を発表、齢80にして尚盛んな創作意欲に溢れている。

2014年3月3日に放送された『私の何がイケないの ?』(TBS)の取材により、自宅が長年に渡ってゴミ屋敷の状態と化していたことが発覚した。

2016年4月26日、胃がんのため死去。83歳没。

特記事項

シャンソン歌手 NERO(ネロ)は長男。

◆ 著作リスト(1980年以降)

◇ 女のひき語り - 1980年、文化出版局

◇ ブラック・ハネムーン - 1980年、双葉社

◇ どう燃えて生きるか - 1981年、青春出版社

◇ 深海怪物の饗宴 - 1983年、トクマ・ノベルズ

◇ 私がふたりいる - 1984年 光文社文庫

◇ 火の接吻 - 1984年、講談社

◇ 落第ママでも子は育つ - 1986年、国際文化社

◇ 女は二つの愛を持っている - 1987年、春出版社

◇ 嬬恋木乃伊 - 1987年、徳間文庫

◇ 静かな哄笑 - 1988年、光文社文庫

◇ ドン・キホーテと口紅 - 1988年、主婦の友社

◇ 処刑台の祭り - 1988年、光文社文庫

◇ 冷えた炎の如く - 1989年、徳間文庫

◇ LA NAIT MAGIC - 1990年 いがらしゆみこ共著

◇ 子供は天使か小悪魔か - 1990年、ファラオ企画

◇ 人それぞれの道 - 1990年、ファラオ企画

◇ 今を自分らしく生きる - 1990年、海竜社

◇ こんな男はおやめなさい - 1992年、文化創作出版

◇ 還暦離婚 - 1995年、ネスコ文春

◇ 黄色い吸血鬼 - 1997年、出版藝術社

◇ 蜘蛛の巣の中で - 2000、青谷舎

◇ 昭和の短篇一人一冊集成 - 2008年、未知谷

◇ 人生とは明日のことではなく今日のことである - 2014年、海竜社

◆ 主な出演作 / 映画

◇ 猟人日記 - 1964年、日活 ※ 原作・出演

◇ 裏切りの暗黒街 - 1968年、東映

◇ 鏡の中の野心 - 1972年、松竹

◇ レスビアンの世界 - 1975年、日活

◇ 赤いスキャンダル - 1982年、にっかつ

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