追悼の森
海原 小浜さん死去

女性漫才の草分け
海原 小浜 さん死去

2015年(平成27年)12月24日 死去 享年91歳

海原小浜写真

漫才師 海原 小浜 さん死去

上方の女性漫才コンビの先駆的存在だった「海原お浜・小浜」として活躍した元漫才師の 海原 小浜(うなばら こはま)さんが 2015年(平成27年)12月24日、大阪市内の病院で死去した。91歳だった。

本名は田中桃江。

4歳の頃から月の家桃子として舞台を踏む。

1943年(昭和18年)に叔母の海原お浜(1994年死去)とコンビを結成。

巧みな話術で女性しゃべくり漫才の草分け的存在として人気を集めた。

1967年に第二回上方漫才大賞、1975年に上方お笑い大賞を受賞。

「今いくよ・くるよ」ら後に続く女性コンビに大きな影響を与えた。

1978年にお浜が白内障のため引退し、コンビを解消。

以後ソロで司会、ドラマ、ラジオなどに活躍した。

人物 / 略歴

海原 小浜(うなばら こはま、1924年4月15日 ~ 2015年12月24日)

岡山県高梁市出身。

本名は田中桃江。

上方の女流漫才師。

浪曲師の石川玉若は夫。

実の孫に漫才師の海原やすよ・ともこ(姉妹)がいる。

◆ 略 歴

両親が芸人関係だったために月の家桃子として4歳で舞台デビュー。

早くに母が死去し、義理の父に育てられた。

後に父も死去し、当時17歳の叔母のお浜を呼び寄せ1933年コンビ「ハッピー姉妹」結成。

戦前・戦時中の敵性語忌避の風潮により、「愛国お浜・小浜」と改称。

後に「さざ波お浜・小浜」から「海原お浜・小浜」となった。

戦中、戦後は冷遇を受け、小浜を座長、お浜がマネージャーに一座を組み地方をドサ回りをする。

その後、漫才作家秋田實に見出され、秋田によって書き下ろしたロマンスシリーズなどで人気を博す。

1967年、上方漫才大賞の大賞を受賞、1975年には上方お笑い大賞の大賞を受賞。

1976年、お浜の白内障による引退を正式に決意しコンビ解消(その後、お浜は1994年に死去)。

その後、司会者・タレントとして活躍していたが、晩年には芸能界での活動は控えていた。

2006年3月、上方演芸の殿堂入りを果たした。

小浜は浪曲師の石川玉若と結婚し一男一女を授かる。

2015年(平成27年)12月24日、大阪市内の病院で死去。享年91歳。

特記事項

幼少から芸人であったために踊りや三味線が堪能だった(ほとんど漫才中に披露する事はなかった)。

◆ 関連人物 / 海原一門

◇ 海原さおり・しおり

◇ 海原かける・めぐる(かけるは小浜の息子)

◇ 初代 海原めぐる(後の玄ゴロー)

◇ 二代 めぐる(後の池乃めだか)

◇ 海原はるか・かなた

◇ 海原千里・万里(千里は後の上沼恵美子)

◇ 海原やすよ・ともこ(小浜の孫であるが、師匠は中田ボタン)

◇ バラク・オバマ

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