追悼の森
田村 元さん死去

元衆議院議長
田村 元さん死去

2014年(平成26年)11月1日 死去 享年90歳

田村元写真 

元衆議院議長 田村 元 さん死去

元自民党衆議院議員で第66代衆議院議長を務め、政界の「寝業師」との異名もあった 田村 元(たむら はじめ)さんが 2014年(平成26年)11月1日午前8時頃、老衰のため東京都渋谷区内の病院で死去した。90歳だった。

参議院議員の秘書などを経て、1955年(昭和30年)、第27回衆議院議員総選挙に立候補し、当時、最年少の30歳で当選。

1972年(昭和47年)に労働大臣として初入閣し、その後、運輸大臣や通産大臣を務めた後、1989年(平成元年)に第66代衆議院議長に就任。

自民党旧田中派の実力者の1人として知られ「タムゲン」の愛称で親しまれた。

1996年(平成8年)の衆議院選挙に立候補せず、政界を引退した。

人物 / 略歴

田村 元(たむら はじめ、1924年5月9日 ~ 2014年11月1日)

三重県松阪市に生まれる。

衆議院議員(当選14回)、第66代衆議院議長、労働大臣、運輸大臣、通商産業大臣、自由民主党国会対策委員長などを歴任。

◆ 略 歴

1950年(昭和25年)に慶應義塾大学法学部卒業。

卒業後、三重交通勤務と中学校の代用教員を経て、参議院議員の前田壌の秘書となる。

1953年、衆議院三重2区(当時)から立候補するが落選。

1955年(昭和30年)の衆議院議員総選挙に再度立候補し、当時、最年少の30歳で当選した。

1972年(昭和47年)の佐藤栄作引退を受けての自由民主党総裁選挙では、水田三喜男派をまとめ、田中角栄を支持し、第1次田中角栄内閣で労働大臣として初入閣した。

第3次中曽根内閣で通商産業大臣に就任。続く竹下内閣でも留任した。

1989年(平成元年)6月2日、国会混乱の引責で原健三郎衆議院議長、が辞任したことで、後任の衆議院議長に選出される。

第39回衆議院議員総選挙後、議長職は桜内義雄に回り、自民党最高顧問となる。

1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙には出馬せず、政界を引退。甥の田村憲久が地盤を継承した。

2004年(平成16年)に松阪市の名誉市民に選ばれる。

2014年(平成26年)11月1日、老衰のため東京都内の病院で死去した。享年90歳。

特記事項

連続当選14回(中選挙区制でのトップ当選連続13回は三木武夫と並び最高記録)。

議員引退後は元国会議員で構成される前議員会の会長に選ばれ、長きに渡り会長を務めている。

◆ 栄典

◇ イタリア共和国功労勲章 - 1989年

◇ 勲一等旭日桐花大綬章 - 1994年

◆ 著書

◇ 『政治家の正体』 - 1994年

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