追悼の森
藤沢 嵐子さん死去

歌手 藤沢 嵐子 さん死去

2013年(平成25年)8月22日 死去 享年88歳

藤沢嵐子写真 

歌手 藤沢 嵐子 さん死去

「タンゴの女王」と呼ばれ、人気を博した歌手の 藤沢 嵐子(ふじさわ らんこ)さんが2013年(平成25年)8月22日午後10時54分、老衰のため新潟県長岡市内の病院で死去した。88歳だった。

「タンゴの女王」と呼ばれ、日本のタンゴブームの立役者の一人として知られた。本場アルゼンチンでも絶大な人気を博した。

代表曲に「さらば草原よ」などがある。NHK紅白歌合戦には5回出場した。1991(平成3年)年9月6日のコンサートを最後に引退し、晩年は新潟県長岡市に住んでいた。

人物 / 略歴

藤沢 嵐子(ふじさわ らんこ、1925年7月21日 ~ 2013年8月22日 )

東京に生まれる。本名は早川 嵐子(はやかわ らんこ)。

◆ 略 歴

1944年、東京音楽学校(現:東京芸術大学)声楽科予科を休学(のちに中退)して一家で満州に渡る。

敗戦後、大連に移り家計を支えるためにダンスホールで歌い始めた。

1947年3月に引き揚げ。ダンスホールやドサ回りでの歌手活動を続けた。

NHKラジオ『バンド・タイム』で偶然その音楽を聴いた早川真平がその歌声に惚れ込み、彼のバンド「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」の専属歌手として本格的にタンゴを学び、1951年にビクターから初めてのレコードも出した。

1953年に藤沢、早川、刀根研二の3人でアルゼンチンに演奏旅行に出る。ラジオ番組で演奏するなどし、アルゼンチンで絶大な人気を得た。

この時の録音が『藤沢嵐子アワー』(ラジオ東京)で放送されると、日本でも人気が高まった。日本のタンゴ・ブームの立役者の一人であり、精力的にコンサートを行い、「タンゴの女王」と呼ばれた。

特記事項

NHK紅白歌合戦にも5回連続出場している。

◆ 藤沢 嵐子 / 主な歌唱作品(邦題)

◇ Adios pampa mia (さらば草原よ)

◇ A media luz (淡き光に)

◇ Yira Yira (ジーラ・ジーラ)

◇ Caminito (カミニート)

◇ Paisaje de Catamarca (カタマルカの風景)

◇ Los ejes de mi carreta (牛車にゆられて)

◇ Luna tucumana (トゥクマンの月)

◇ Bomboncito (ボンボンシート)

◇ Besame mucho (ベサメ・ムーチョ)

◇ Che bandone?n (チェ・バンドネオン)

◇ Mama, yo quiero un novio (ママ、恋人が欲しいの)

◇ El panuelito (エル・パニュエリート)

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