追悼の森
山田 五十鈴さん死去

女優 山田五十鈴 さん死去

2012年(平成24年)7月9日 死去 享年95歳

山田五十鈴写真 

女優 山田五十鈴 さん死去

戦前、戦後にかけ70年以上にわたり映画、舞台で活躍し、女優として初の文化勲章を受章した山田 五十鈴 (やまだ いすず) さんが2012年(平成24年)7月9日午後7時55分、多臓器不全のため東京都稲城市の病院で死去した。95歳だった。

2002年6月に体調を崩し舞台を降板。以後は都内の自宅や療養施設などで静養生活を送っていた。

1930年に日活に入社し、溝口健二、黒澤明ら巨匠の映画に数多く出演した。

ドラマ「必殺仕事人」シリーズでも人気を集めた。

人物 / 略歴

山田 五十鈴(やまだ いすず、1917年2月5日 ~ 2012年7月9日)

大阪府大阪市中央区(旧大阪市南区千年町)出身。本名:山田 美津。ニックネームは「ベルさん」。

女優として初めての文化勲章を受章した(ただし、受章辞退者を含めれば杉村春子が初)。

◆ 略 歴

1917年(大正6年)に新派劇俳優の山田九州男の娘として誕生した。

1930年(昭和5年)に日活に入社し『剣を越えて』で大河内傳次郎の相手役としてデビュー。

1952年(昭和27年)に『現代人』『箱根風雲録』の演技が評価され、ブルーリボン賞主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞を受賞、1955年(昭和30年)には『たけくらべ』でブルーリボン賞助演女優賞を受賞する。

1956年(昭和31年)には、『母子像』などで2度目となるブルーリボン賞主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞、『流れる』等でキネマ旬報女優賞を受賞。

1957年(昭和32年)『蜘蛛巣城』『どん底』『下町』で2度目のキネマ旬報女優賞を受賞。これらの活躍から、名実ともに映画界を代表する大女優となった。

1963年(昭和38年)東宝演劇部の専属となる。

これ以降、NHK大河ドラマ『赤穂浪士』(1964年)や、朝日放送『必殺からくり人』(1976年)といったテレビ時代劇にも出演した。

特に必殺シリーズには以後85年の必殺仕事人Vまで約10年間断続的に出演、彼女のTV出演作の代表シリーズとなっている。

特記事項

◆ 山田五十鈴 出演CM

◇ 朝日新聞

◇ カネボウ化粧品

◇ 公共広告機構 たった2羽からの提言 1990年(ナレーター)

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