追悼の森
三重野 康さん死去

元日本銀行総裁
三重野 康 さん死去

2012年(平成24年)4月15日 死去 享年88歳

三重野康写真 三重野康画像

元日本銀行総裁 三重野康 さん死去

元日本銀行総裁 三重野 康(みえの やすし)さんが2012年(平成24年)4月15日、心不全のため東京都内の病院で死去した。88歳だった。

バブル経済が全盛だった1989年12月、澄田智総裁の後継として第26代日銀総裁に就いた。

バブル退治の「平成の鬼平」と喝采を浴びた。

しかし、不況を深刻化させたとして、その後一転して「不況の元凶」などと批判された。

1994年12月に退任、後任は松下康雄氏。

人物 / 略歴

三重野 康(みえの やすし、1924年3月17日 ~ 2012年4月15日)

第26代日本銀行総裁。東京都生まれ。

◆ 略 歴

生後間もなく満州に渡り、中学卒業まで満州で育ち、卒業後は一高に進む。

東京大学法学部政治学科を卒業後、1947年10月に日本銀行入行。

松本支店長、総務部長、営業局長、理事を経て、1984年12月に澄田智総裁の下で副総裁に就任。

この頃から日銀プロパーの三重野が、同行の実質的な最高実力者として長らく同行の金融政策決定に絶大な影響力を揮うことになった。

1989年12月、同行の第26代総裁に就任する。

矢継ぎ早の金融引締め政策を実施。「平成の鬼平」ともいわれたが、澄田前総裁の下で投機によって膨張を続けたバブル経済を崩壊させたとされる。

その処理・経済再建の課題を、後任の松下康雄に委ねた形となった。

三重野は総裁退任後も、「インフレなき経済成長」を唱導し、長期(特に日銀出身の速水優が総裁在任中)にわたり、隠然たる影響力を保っていたと言われている。

特記事項

相撲に対する造詣が深く、1990年代初頭から2005年まで横綱審議委員会の一員であった。

◆ 三重野康 / 著書

◇ 『日本経済と中央銀行』(東洋経済新報社 1995年)

◇ 『赤い夕陽のあとに』(新潮社 1996年)

◇ 『利を見て義を思う』(中央公論新社 2000年)

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