追悼の森
長門 裕之さん死去

俳優 長門裕之 さん死去

2011年(平成23年)5月21日 死去 享年77歳

長門裕之写真 

俳優 長門裕之 さん死去

「太陽の季節」「にあんちゃん」などの映画やテレビ、舞台で軽妙な演技を見せた俳優の長門 裕之(ながと ひろゆき)さんが2011年(平成23年)5月21日午後5時20分、肺炎と動脈硬化などの合併症のため東京都内の病院で死去した。77歳だった。

おしどり夫婦として知られた妻で女優の南田洋子さんは2009年10月に他界。

悲しみを抱えながら仕事に意欲を見せていた。

人物 / 略歴

長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年1月10日 ~ 2011年5月21日)

本名は加藤 晃夫(かとう あきお)。京都府京都市中京区生まれ。

◆ 略 歴

花園高等学校卒業から立命館大学文学部中退。

映画初出演は1940年の『続清水港』。第二次大戦前の少年期から名子役として広く知られた。

1961年に南田洋子と結婚。

1985年11月に『洋子へ』(データハウス)を出版。妻の南田への告白という形で、自身の奔放な女性関係などを実名で赤裸々に記し、いわゆる暴露本として世を騒がせた。

これに対し実名を書かれた女優池内淳子などが強く反発。長門(データハウス)側は初版を回収し、問題箇所を書き直した改訂版を出したうえ、池内に対しては新聞に謝罪広告を掲載した。

晩年は、苦労をかけた洋子への恩返しとして認知症になった南田の介護に取り組みつつ、「リタイアした洋子の分まで」と発起し、精力的な活動を行った。

2009年10月21日、妻、南田洋子がクモ膜下出血により76歳で死去。

記者会見を開き『これからは女房のいない世界に踏み出していきます。思い出の中で洋子は生きてますから。これは永遠のものです』と涙を浮かべながら記者陣に対しコメントを述べた。

特記事項

南田の介護の様子はテレビで公開された(『報道発 ドキュメンタリ宣言』第1回、2008年11月3日、テレビ朝日)小型カメラ2台などにより、生々しい介護の様子、日常生活が明らかとなり反響を呼んだ。

◆ 長門裕之 / 著書

◆ われらガチョウ夫婦(学習研究社、1978年)※南田洋子との共著。

◆ 洋子へ(データハウス、1985年)

◆ 待ってくれ、洋子(主婦と生活社、2009年)

◆ 洋子、やっぱりいってしまったのか(主婦と生活社、2010年)

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